POINT

・人事労務管理の対象となる従業員は、喜怒哀楽、好き嫌いといった感情をもつ人間的存在であり、従業員の労働意欲を高めるためにはそうした心理的な側面への対応を行う必要がある。

・人間関係論は職場集団における協力関係やチームワーク形成による生産能率向上の意義を強調し、従業員モラール向上におけるコミュニケーションやライン管理者の役割の重要性を喚起した。

・行動科学は「労働」という人間行動を欲求充足行動と理解し、従業員により積極的な労働意欲をもたせるために、従業員の自己実現欲求を充足させる施策の必要性を強調している。

〔1〕人間関係論

人事労務管理の本質的な役割は従業員のもつ労働力を最大限に発揮させることにあります。そしてその役割を効果的に果たすためには、企業および職場の集団構成員の土気(=モラール)や仕事に対する積極的な取り組み姿勢(=モチベーション、動機づけ、労働意欲)の確保といった従業員の「労働意思」に対するアプローチが必要です。この従業員の労働意思の側面、すなわち従業員の心理的・人間的側面に対応する人事労務施策がモラールや労働意欲の向上の施策です。そして、その発達の歴史的な経緯を見ると、1940年代に米国で完成を見た「人間関係論」(human relations)と、その後の1950年代から1960年代にかけて、やはり米国で生まれた人間欲求理論を基礎とした「行動科学」(behavioral sciences)の理論に大きく依拠していることがわかります。これらの理論は、産業労働における労働者の個人的・集団的行動面を研究対象とした「人間行動の理論」と呼ばれています。

そこでまず、従業員モラール施策の発達に大きな貢献をした人間関係論について説明を加えていきます。

(1)ホーソン工場実験の概要

人間関係論とは、1924年から1932年にかけて、ハーバード大学のメイヨー(E.Mayo)やレスリスバーガー(F.JRoethlisberger)らの指導の下にウェスタン・エレクトリック社のホーソン工場で実施された「照明実験」「継電解組み立て実験」「面接計画」「バンク配線作業実験」といった一連の実験的実証研究から生まれた理論的成果を意味しています。

人間関係論を生み出す契機となった照明実験は、もともと照度と作業能率の関係を明らかにする目的で始められました。しかし予測に反して、作業能率は照度と無関係に上昇するという結果となり、ここにその原因を解明する一連の実験が進められていったのです。

①照明実験(1924年~1927年)

照明の質量と作業能率の関係を明らかにすることを目的とした実験。その結果、照度が増すにつれて能率向上は認められたが、一方で照度を下げても生産に大して減少が見られないといった事実が発見された。作業環境の物理的変化と作業能率の間における単純な因果関係の否定である。

②継電器組み立て実験(1927年〜1932年)

隔離された実験室で、6名の女性従業員を対象にして照明・温度・湿度・睡眠時間・休憩時間・労働時間・間食・賃金支払方法などの作業条件と作業能率との相関関係を調査した。しかしその結果に統計的有意性が見られず、能率上昇の原因は女性従業員の心理的要因に求められた。注目されているという意識、作業条件改善の提案が尊重されたこと、自由な会話がある開放的な雰囲気などである。つまり、女性従業員たちの職場状況に対する「感情」が協力的態度や作業能率の増大をもたらしたと推論された。

③面接計画(1928年~1930年)

作業条件、監督方式、仕事に対する従業員の不満を面接によって調査し、会社の人事労務施策の改善を図る目的で実施された。その結果、特に従業員の「感情」が含まれている不満は解決が容易ではないことが明らかにされ、また、この「感情」は従業員の個人的来歴と職場状況の2つの脈路から理解する必要性が明らかにされた。

④ バンク配線作業実験(1931年~1932年)

集団の社会的作用の知識を得るために行われた。通常の職務・作業条件下での14名の作業者を対象にして、彼らのあるがままの作業行動を観察した。その結果、作業集団内に2つの非公式集団があること、能力・熟練のある作業者が必ずしも最高の業績を上げていないこと、自分たちで決定した水準に合わせて生産制限が行われていることなどが明らかになった。つまり作業集団は、会社の公式基準ではなく、集団独自の行動基準によって成員の行動を規制している事実が明らかにされた。

(2)人間関係論の示唆

これらの実験的諸結果が人間関係論として一応の完成を見るのは1940年代になってからであり、その成果を踏まえた人事労務管理の新たな職能として「人間関係管理」が提唱されるのは1950年代に入ってからです。人間関係論が人事労務管理に何を示唆しているのかについては、数多くの議論がありますが、ここでは次の3つの論点を指摘しておきます。

①職場集団管理の提案

仕事は集団行動であり、個々の労働者の作業は集団作業の一環として行われているという認識を強調する。このため、個々の労働者の個別管理だけでは不十分であり、作業集団として労働者を管理する「集団管理」の必要性を喚起した。

②職場集団の協力関係形成の意義

仕事の能率向上は、作業集団を構成する労働者の協力的態度によってもたらされるという新たな仮説を提案した。このため、労働者の能率向上の基本が
「職務の人的能力要件と労働者の職務遂行能力の適合」(=適正配置)にあるにしても、職場内に協力的な態勢が形成されていなければ、労働者の作業能率は向上しないという結論になる。

③職場集団の協力関係形成における監督者の役割

職場における労働者の協力的態度は、監督者と部下との対人関係や監督者のリーダーシップのあり方に左右されると認識した。ここに、監督者の中心的な役割は職場集団の協力関係形成にあり、そのためには「人間関係技法」(humnan/social skail)を身につける必要があるという提案になる。

以上の論点をまとめると、人間関係論は、労物者を感情をもつ人間、しかも
社会集団の一員として集団帰属欲求の強い「社会的存在」(social-beings)と理解する新たな労働者観に基づき、従業員モラールの形成、職場の協力関係やチームワーク形成の生産能率向上への意義を強調し、従業員の労働意思への接近の重要性を認識させた点で大きな意味をもつということができます。

〔2〕行動科学の理論

一方、人間関係論における従業員モラール向上の問題意識を引き継ぎながら、人間行動の根底には欲求充足があるという人間欲求理論を基礎に置く「行動科学」が1950年代後半頃から発達し、「人はなぜ働くのか」といった観点から労働者を仕事に動機づけるモチベーション施策の開発に大きく貢献していくことになります。

ここでは、人間欲求理論の代表としてマズロー(A.H.Maslow)の「欲求5段階説」と、職務設計を通じての動機づけを提唱し、人事労務管理の分野に革新的なインパクトを与えたハーズバーグ(F.Herzberg)の「動機づけ・衛生理論」を紹介していきましょう。

(1)マズローの欲求 5段階説

マズローは、人間には生理的・安全・愛情と帰属・承認・自己実現の5つの階層的な欲求集合があるといいます。そして、これらの欲求は、同時並列的に発現するのではなく、より基礎的な次元の欲求が充足されるのに従って、初めてより高次元の欲求が発現するとしています。生理的欲求が充足された後に初めて安全の欲求が生じ、そして安全の欲求が満たされた後に社会的な欲求としての愛情と帰属の欲求が生じるといった具合です。つまり、人間の欲求は段階的に、より高次のものに移行するということです。

マズローのこの人間欲求理論は、特に人事労務管理の領域を意識して生み出されたものではありませんが、人事労務管理の職能的な役割を考えていく場合に、最も説得力のある説明を行えることが注目された理由だといえます。すなわち、欲求5段階説に従えば、次のように人事労務管理の役割を説明することができます。

①生理的欲求

人間が生存していく上で満たさなければならない衣食住にかかわる限界的な欲求。したがってここでは、再生産可能な賃金水準や適切な労働時間、経済生活を補完する福利厚生の役割が議論されることになる。

②安全の欲求

生理的には安定した状態にあるものの、人間として生活していく上で脅威となるものは避けたいとする欲求。たとえば、失業の恐怖からの解放としての雇用の安定、持続的な収入確保の期待、労働災害から身を守る安全な作業条件の確保などが議論の対象になる。

③愛情と帰属の欲求

いわば経済的欲求が充足されるに応じ、社会集団の一員として、その集団内で愛情ある気持ちのよい人間関係を維持していきたいとする社会的欲求。したがってここでは、企業に対する帰属意識(=信頼感や忠誠心)や職場仲間との協力関係・チームワークなどが議論されることになる。

④承認の欲求

承認とは、集団の中で他人に認められたい、正当に評価されたい、尊敬されたいとする他尊の内容と自分自身に自信をもちたいとする自尊の内容を含む欲求。したがってここでは、公正な人事評価に基づく昇格・昇進・昇給といった人事処遇の問題が大きなテーマになっていく。

⑤自己実現の欲求

自己実現とは、自分の可能性を信じ、その潜在能力を最大限に発揮したいとする欲求。したがってここでは、キャリア開発による能力育成、仕事を通じての自己成長、仕事のやりがいや生きがいの創出によるモチベーション問題が重要なテーマとされるようになる。

(2)ハーズバーグの動機づけ・衛生理論

ハーズバーグによれば、人間の本性には大きく分けると、不満を回避するものと満足を積極的に求めるものとの2つがあります。仕事上、会社の方針・作業条件・給料・監督の質・人間関係といった仕事を取り巻く諸要素(=衛生要因)は、これが欠如すれば不満の原因となりますが、これが満たされても満足することはありません。一方、達成・承認・仕事内容・責任・権限・昇進といった諸要素(=動機づけ要因)が仕事上で充足されることで職務満足が導かれるとするものです。これを「動機づけ・衛生理論」と呼んでいます。

この理論の特徴は、労働者を仕事に動機づけさせるためには、仕事を行う過程の中に労働者の自発的なやる気を引き起こす心理学的職務要件を組み込む必要があることを強調した点にあります。それは、戦後の経済発展の結果、物質的・経済的な豊かさを実現した時代を背景にして、人々の欲求レベルが高次の自己実現段階に達したと認識の上で有効性をもつ理論です。




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